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2005.01.30

プレイリー・オイスターを、おごるよ

今日は外出前にコートを干して出かけた。
黒い、シングルチェスターのロングコートだ。
ホントは外で陰干ししたかったけど花粉が手強いので、薄手のカーテン越しに室内干し。
このコート、色褪せてるしボロボロで何度も何度も修繕してある。
じいちゃんの形見だ。
大正生まれにしては長身だったじいちゃんは同時にかなりの道楽者だったので、私が着ても充分寸法が合う。形見分けしてくれたばあちゃんの言葉によると、当時の稼ぎをかなり注ぎ込んだオーダーメイドだったらしい。


先日その、母方の祖母の一回忌に出席した。
夫唱婦随を絵に描いたような夫婦で、商売人でもあったのでいつも怒鳴り散らされていたばあちゃん。元々食の細い人やったんやけど、唯一目がなかったそばぼうろをお供えしてきた。
実感が湧かなかったけど一年経って墓前に立つと、二人がもういないんだということをぼんやりと感じる。

一方のじいちゃんは亡くなってもう、かなりになる。
大酒飲みの酒乱で、いつも二日酔いで、趣味人で、放浪癖と浪費癖があって、甘いものが大好き。生まれつき片足が不自由だったので徴兵に召集されなかったことをずっと悔やんでいた。戦争に行けなかった悔しさは泊まりに行く度に聞かされたけど、それは祖国のために戦えなかった悔しさではなく、家族を守れなかった悔しさからの言葉だったのを思い出す。
晩年は心臓と腎臓を病み、酒がたたってあまり出歩けなくなっていたじいちゃん。糖尿もやったのでロクに歩けなくなり、窓から外を寂しそうに眺めてた。まだ小学生だった私を騙しては一升瓶をくすねてこさせ、コップ酒で何種類もの薬を嫌そうに、それでも孫のいる手前偉そうに飲んでいた。
墓前にはショートピースとワンカップ大関を添えた。
禁煙した私がタバコを吸うのは、今では墓参りの時だけだ。
毎年コートを借りる許可を求める年始には、大盤振る舞いでそこに栗饅頭が加わる。

久しぶりのニコチンにくらくらしながら、
今、ばあちゃんと仲良くやってるんかなぁ、とふと思った。
十年以上文句も言わずに待ってたのだから、ばあちゃんのことだ、愚痴りたそうな表情で何も言わずに勺の一つくらいはしてあげてることだろう。


私はじいちゃんと飲むことができないまま大人になったけど、
今ならきっと、プレイリー・オイスターをおごるのになぁ。
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